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DSCN0039浪華の梅・義烈館

Photos: DSCN0039浪華の梅・義烈館

Photos: DSCN0041浪華の梅・義烈館 Photos: DSCF9339高砂枝垂hanahanaさん

浪華の梅は大日本史の編纂所である彰考館の脇に植えられていた梅の木です。光圀公が大日本史編纂を始めたのは江戸であって、後に水戸城二の丸に移った。この梅の木も江戸から水戸へ移った。
彰考館は幕末には三の丸の弘道館の裏手に、さらに市中に、最後は偕楽園の南崖に移り、明治39年に大日本史が完成して皇室へ献納された。
この常盤神社の浪華の梅は明治の初めに神社創建時に水戸城内から本殿脇に移されたものです。
水戸城内とは通常本丸、二の丸を意味したとのことから、二の丸に残っていた梅の木を神社創建時に本殿脇にうつしたもの。移植後に枯れて、ひこばえを植えたとか挿し木あるいは単に植えたかはよくわからないが、代替の梅の木を植えたと言われています。
一方これは推測になりますが、彰考館の大日本史の編纂・つまり学問を怠る事のないようにとの戒めのために植えられていたわけで、当然彰考館が三の丸へ移った時も一緒に移植された可能性があります。

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